ハギログ

書店員、23歳、水瓶座。

2018年9月12日 このままいつか母になり子供が出来ると思うとゾッとした

 

今日ふと思ったことなのだけれど、このまま生きてたらいつか結婚して子供を授かり母親になった時に絶望するだろう。それはもちろん子供が悪いわけではなく自分が悪いからくる感情で。

同世代で結婚して子供がいる人が増えてきて、私はその人たちのSNSの投稿を見ては「凄いな」と思うと同時に「私には無理だな」と思うのだ。子供が嫌いなわけでも、育てられる自信がないという不安があるわけでもなく(あるけれどもそこはなんとかするしかないと思っている)、自分の人生を納得できるのだろうかと。

 

例えばもし今子供が出来たとして、書店員人生があっという間に一時中断になるだろう。体調が悪くなり、思うように生活が出来なくなり、おなかが大きくなる事実を受け止められる気がしない。子供が生まれてその顔を見ても、心の底から愛する覚悟が出来ない。これから子供が社会人になるまでの20年程度を、あるいは自立する15年程度を「母」という役割で過ごしていくことが耐えられない。子供が大人になることにはもう40歳になっていると思うと恐ろしくて絶望してしまう。

 

まだ自分のためにすらきちんと生きられていないのに、他人のために生きるなんて出来ない。出来ない出来ないしたくない。

 

子供を生んで育てている人のことを「自分の人生を諦めている」と言いたいのではない。人それぞれの考えがあることは重々に理解している。願っても子供を授かれない人がいることだって知っている。これは私の話だ。主語はずっと私だ。

 

人生で子供が欲しくないとは思っていない。ただ子供を授かるタイミングは腹の底から納得して決めたいと思うのだ。今、授かってしまったら「間違った」「残念」「あーあ」と思ってしまうのだ。いや、「絶望」とも名づけられてしまうかもしれない。そんな気持ちで生まれ育てられる命なら、無いほうがいい。

 

命は授かりものだから、もしかしたら自分の納得するタイミングで宿すことが叶わないかもしれない。だけど、いつかその時が来た時に「それでも自分は自分でいられる」と思える強さを持っていたい。自分の変化を楽しめる余裕を持っていたい。生まれてきてくれてありがとうと言える優しさを、これからもっと楽しくなるという希望を。

 

そのために今じゃないとできないことを、やりつくすこと。

 

 

それでは今日も1日お疲れ様でした。

涼しくなってきたのでご自愛ください。

また明日。