ハギログ

書店員、23歳、水瓶座。

2018年10月19日 「ナナメの夕暮れ/若林正恭」

 

オードリー若林のエッセイ「ナナメの夕暮れ」

ふらっと立ち寄った本屋で何気なしに手に取りまえがきを読んだと思ったら、気付けば近くのミスドで真剣に読みふけっていた。普段ビジネス書ばかり読むけれど、久しぶりに「他人の気持ち」を読んだら、ビジネス書とは違った気づきを得られた。実はオードリー若林のブログ「どろだんご日記」も「社会人大学~~~」もしっかり読んでいた。若林ほど自意識をこねくり回してるつもりはないが、このなんというか心臓と肋骨の間にあるもったりした思考というか、喉の入り口にあるキシっとした苦しさを、若林が代弁してくれているような気持ちになる。

 

読んでいると「あ~~~~~~~」と眉間がぎゅっとなる一文が何度もある。よくわからないけど涙が出そうになるし、自意識から解き放たれて生きやすそうな若林をうらやましく思った。「逃げ恥」で“呪い”というワードが流行ったけど、若林はゴリゴリに自分に呪いをかけていたタイプだと感じた。そして、類にもれなく私もだ。

 

理想の自分に追いつかないことに苦しんでいるから、自分と世界を呪って、人を嫌な気持ちにさせて、付き合ってくれた彼女を傷つけ、いろんな人に迷惑をかけてきた。なんということだ。理想の自分に追いつこうとしてるから、今日の自分を生きることはなく、常に未来の理想化された自分を生きている。だから、今日をずっと楽しめなかったんだ。今日じゃないな、今だな、もっといえばこの一瞬を楽しく生きてこられなかったんだ。37年もね。「今日の自分は本当の自分じゃない。自分というものはもっと高尚な人間なんだ」と言い訳(逃避)をして今日の自分をないがしろにしてきたんだ。

 

 このページは思わずミスドで写真を撮った。本当にそう。私も理想と現実のギャップにめちゃくちゃに苦しめられている。現在進行形で。「どうしてなりたい自分になれないんだろう」「どうして思った通りに行動ができないんだろう」っていつも自分を責めている。自分で自分に「高すぎる理想」という呪いと、「どうせ理想の自分になれない」という2つの呪いをかけていることに気付いた。そして「本当になりたい自分」を探し続けて、今の自分の時間を使えていない。ずっとずっと今を生きていなかった。

 

ほかにもたくさんの呪いを自分にかけているんだろう。もしかしたら気づいてない呪いもたくさんあるのかもしれない。自分にかけた呪いのせいで、周りにも悪い影響を与えているのかもしれない。

 

23歳の小娘だから、まだまだ自意識を捨てることはできないだろうけど、それでも生きていればいつの間にかいろいろなことが許せたり諦められるようになって、新しいステージに行けるのかな、もっと本当の意味でラクに生きていけるようになるのかな。未来は思うほどまぶしいものではないとしても、それでも人生は続いていくんだから、起業家みたいな熱意や根性がなくたって、成功者の言葉をありがたらなくたって、自分のペースで好きなように進んでいっていいんだ。

 

何回も読み返したくなる文章でした。自意識ゴリゴリだったころの文章ももう一度読み返してみようかな。

 

久々の読書感想文でした。

それでは今週もお疲れ様でした。

また明日!